きぬぎぬの別れと云う言葉がある。 万葉集にも出てくるように男女が愛し合う中での習慣から生まれた言葉。 衣類はその人の魂−生命−を宿したものとしての意味があったものと思われる。 衣、食、住、は人間にとっては欠かすことの出来ないものであることは間違いない。
平安時代の女性は着物の色や組み合わせで 自分のセンスを表現し、男性を魅了したことは、現代の女性にも大いに通じるものがある。 源氏物語の絵巻に見る女性のあでやかな衣は、薄暗い当時の室内では自身の容姿を男性に誇示する為には不可欠であり、多くの男性達は、この色香に迷ったことでしょう。
さすれば色香は衣の色、香の匂い。 たしかに、衣の色の美しさを競ったに違いありません。

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 絹のお話をしましょう。 蚕はその繭から六五〇〜一〇〇〇米の糸を 私達に提供してくれます。
 むかしは、当然天然のまゆですから 蚕の食べるものも統一されていませんので 現在のように均一化された美しい糸ではありませんでした。 日本が養蚕王国となり、輸出することで外貨を稼ぐ為には、良質の桑と養蚕技術が求められ、多くの農家がこれに従事したのです。 あの養蚕小屋のガサガサと桑の葉を食べる蚕、そして匂いは決して心地よいものではありませんが やがて白いまゆにくるまったサナギはお宝であったに違いありません。 それにしても あの桑畑でつまんだ桑の実のホロ甘い味は遠い少年時代の思い出に生きています。 そしてそのマユから一本の絹が引き出され、やがてシルクの織物に変身してゆきます。 世の女性が憧れた、すばらしい布になり、心まで豊かにしてくれるようになりました。

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 はるか南の海を渡ってきた幾粒かの綿の実が、現在の愛知県 三河に辿りつき、やがて日本でも綿の栽培がされるようになりました。
 現在の三河木綿の始まりです。 木綿の花がふっくらとした綿をふくらせると綿の取入れが始まります。 木綿は絹と違って繊維の長さが短いのでいくつかの工程を経て一本の糸に紡ぐのです。
 紡いだ糸を撚り合わせることで強度のある糸に仕上がってゆきます。 木綿の布が歴史的にも古く庶民に親しまれるのは、用途の広さ、そして強さ、染め易さだったでしょう。 帆船に使っていたものを帆布 衣料は云うに及ばず、現在に至るまで綿糸 綿布の用途は多いのです。
 昨今は石油系の合成繊維が増加していますが、木綿でなければならないものが結構多いのは、その吸湿性や肌にやさしく、エコロジーだからでしょうか。 現在の綿花はすべて輸入品ですが紡糸、製織は国内産も量は少なくなりましたが生産されています。

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 葛布(カップ)ってご存知ですか?
ほとんど生産されていませんが、葛の繊維で織ったものです。 今はお目にかかることもありませんが。
話は変わりますが、レーヨンと書いてあるものはご存知でしょう。 レーヨンは再生繊維と云って、パルプを溶かし、繊維状に再生したものです。 一本抜いて燃やしてみますと、紙と同じ匂いがします。
非常に肌ざわりがよく すべりがよいので、服の裏地などに使用されているでしょう。
ただ生地自体に張りやコシが無いので それなりの衣装としては使用されますが、どちらかと云うと強度に難点があるのです。 袋物の裏とか服の裏に使用されると滑りがよく いたみも少ないのでいいのではないでしょうか。

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 経緯と云う言葉がありますね、いきさつとも読みます。 つまりタテとヨコなのです。
織物の基本はこの経糸と緯糸、平織と云っていますが、そこから、ドビー織、ジャガード織と、複雑で繊細なものがつくられるようになったのです。
もともとすべて手織で あの素晴しいゴブラン織や、日本の西陣織など 先人のご苦労と努力に感謝せずにはおれません。
現在のトヨタ自動車も、自動織機から生まれたことはご存知の通りです。
織機もどんどん進化して、合成繊維の開発と共に変わっています。 むかしはジャガード織など 紋紙と云うものを非常な苦労で製作して織っていましたが、それも、コンピュータ化されているのが現在です。
でも、物量だけではなく、心のぬくもりを感じる手織にノスタルジアを想うのもいいのではないでしょうか。
ブランド化しているこのごろ、手作りの楽しさを今一度。

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 今もむかしもそうでしょうが、恋人が出来た女性は、先ず 心を寄せた男性の身につけるもの、手袋やセーターなどを心をこめて編んだことありませんか? また、それをプレゼントされて、心豊かになった男性はいませんか。
値がさの張るブランドものより、どれだけ心が通じ合うか。 手作りのもののよさは、つまりそこなのです。
恋愛のプロセスの中で これでこんなものをつくってあげたら、これを何時も持っていてくれたら、心がキュンとするような そんな楽しみを持ちたいものです。 そしてその心を いつまでも持ち続けたいものです。
妻となった今でも。 旦那さんは、照れながらも嬉しいものです。

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 紺屋の白袴と云う言葉をご存知でしょうか 他人の世話ばかりやいて、自分の身のまわりの事が出来ないたとえ という意味ですが、染物屋さんのことを紺屋(こうや)と云いました。
その昔、現在程 色物、つまり染料がありませんでしたし、又色によっては紫のように非常に高価、又希少価値が高かったのです。
紺色はご承知の通り藍を原料として、栽培されていましたので 自然と藍染が一般的に拡がったものと思います。
阿波の藍、赤穂の塩、など 江戸時代の各藩の特産品は藩外への持ち出しがきびしく制限され、争いや悲話が生まれたのです。
紺屋はとても忙しく 自分達のものを染めるまで手が回らなかったのでしょう。

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 紺屋の話のついでに、こんなことを云うと染物屋さんに叱られそうですが、紺屋の明後日(あさって)と云う言葉もあります。
染物屋さんに注文を出して、なかなか染め上がって来ません、そこで催促してみるのですが、明後日にはお届けしますとの答、明後日が毎度繰り返されて、一月は経つと云う次第。 江戸時代のまことにのんびりした頃の話でしょうが、現代のギスギスした時の過ごし方に比べると まことに心豊かなものを感じずにはおれません。
「悉皆」と書いて何と読むのでしょうか。 京都では今もこんな看板を見ることが出来ますが、(しっかい)と読み、ことごとく の意味です。 一方、悉皆屋とは、染め直しや洗い張りをするお店のことなのですが、昔の人は絹の柄物(着物地)を染め換えては楽しんだのです。 これも、生活の知恵ではないでしょうか。